歯ぎしり・食いしばりが強い方へ|歯科で行う「ボツリヌストキシン療法」とは?
2026年8月23日、東京科学大学歯科同窓会 学術部主催の学術研修会『ボツリヌストキシン治療を始める』を受講してきました。研修修了証でも、同研修の受講日とテーマが確認できます。
「ボツリヌストキシン治療」と聞いても、
「虫歯の治療?」
「インプラントに使うの?」
「歯を抜くときの麻酔?」
「美容医療の治療では?」
と、何のことなのか分からない方が多いのではないでしょうか。
歯科領域でボツリヌストキシン療法が検討されるのは、主に歯ぎしりや食いしばりなどによって、顎の筋肉に過度な力が加わっている場合です。
今回は、この治療がどのようなものなのか、患者さんにも分かりやすくご説明します。

目次
そもそもボツリヌストキシン療法とは?
ボツリヌストキシン療法とは、筋肉を動かす神経からの信号を一時的に弱めることで、筋肉の過剰な緊張を和らげる治療です。
ボツリヌス菌そのものを注射する治療ではありません。
ボツリヌス菌が作るたんぱく質である「ボツリヌストキシン」を薬剤として使用し、必要な筋肉に注射します。
そのため、
「ボツリヌス菌を体の中に入れて感染させる治療」ではありません。
名前だけ聞くと少し怖く感じるかもしれませんが、医療では筋肉の過度な緊張やけいれんなどを抑える目的で利用されている薬剤です。
歯科では何のために使うの?
歯科領域で主に関係するのが、
歯ぎしり・食いしばり・噛みしめによる顎の筋肉への負担
です。
例えば、
「朝起きると顎が疲れている」
「無意識に強く食いしばっている」
「夜中に歯ぎしりをしていると言われた」
「顎の横の筋肉がいつも張っている」
「噛みしめると顎が痛い」
といった症状がみられることがあります。
こうした症状の背景には、噛むときに使う筋肉が必要以上に働いているケースがあります。
「咀嚼筋」とは?
食べ物を噛むために使う筋肉を咀嚼筋(そしゃくきん)と呼びます。
代表的なものが、頬の奥から下顎にかけて存在する咬筋(こうきん)です。
奥歯をぐっと噛みしめながら頬に触れると、硬く盛り上がる部分があります。それが咬筋です。
食事の際には欠かせない筋肉ですが、歯ぎしりや食いしばりによって必要以上に働き続けると、
・顎の疲れ
・筋肉の痛み
・顎周辺の違和感
・歯への過剰な負担
などにつながることがあります。
歯ぎしり・食いしばりを「完全に止める治療」ではありません
ここは重要なポイントです。
ボツリヌストキシン療法は、歯ぎしりそのものの原因を取り除く治療ではありません。
強く働きすぎている筋肉の活動を一時的に弱めることで、噛みしめる力や筋肉への負担を軽減することを目的とします。
研究では、ボツリヌストキシンA型の注射によって咀嚼筋の活動や噛む力が低下したとの報告があります。一方で、顎関節症やブラキシズムに対する有効性については研究結果にばらつきがあり、すべての患者さんに同じ効果が得られると断定できる段階ではありません。
そのため、
「食いしばりがあるから、とりあえず注射」
という治療ではなく、まず何が症状の原因になっているのかを診断することが大切です。
どんな人が対象になるの?
歯科領域では、夜間または日中の強い歯ぎしりや食いしばりによって、
顎関節や咀嚼筋など、顎の周囲に痛みや疲労感、不快感が生じている場合
などに、治療方法の一つとして検討されることがあります。
ただし、顎が痛い原因はすべて筋肉とは限りません。
顎関節そのものに問題がある場合や、歯・噛み合わせなど別の原因が関係している場合もあります。
そのため、まず診察によって症状の原因を確認する必要があります。
注射するとどうなるの?
ボツリヌストキシンを筋肉に注射すると、神経から筋肉へ送られる「収縮してください」という信号が一時的に弱くなります。
すると、
強く緊張していた筋肉が少し休みやすい状態になる
と考えると分かりやすいでしょう。
今回の研修では、個人差はありますが、効果は注射後数日程度から現れ、筋肉の緊張の変化は2週間ほどで分かりやすくなり、作用は3~4か月程度持続することがあると学びました。
効果が永久に続く治療ではありません。
「小顔になる治療」なの?
ボツリヌストキシンという言葉から、美容目的の治療を思い浮かべる方もいるでしょう。
確かに、咬筋の活動が抑えられると、筋肉の使用量が減ることで筋肉のボリュームが変化する場合があります。
しかし、歯科でこの治療を考える場合に重要なのは、
顔を小さくすることではなく、過度な筋肉の緊張や噛みしめによる症状をどう改善するか
という視点です。
歯ぎしりは歯にも負担をかけます
強い歯ぎしりや食いしばりが続くと、筋肉だけでなく歯にも大きな力がかかります。
その結果、
・歯がすり減る
・歯が欠ける
・詰め物や被せ物が壊れる
・歯にひびが入る
・顎の筋肉が疲れる
などの問題につながることがあります。
そのため、歯ぎしりや食いしばりの治療では、筋肉だけを見るのではなく、歯・噛み合わせ・顎関節・生活習慣まで含めて考えることが大切です。
マウスピースとは何が違うの?
歯ぎしりの治療としてよく知られているのが、就寝時に装着するナイトガード(マウスピース)です。
マウスピースは主に、歯ぎしりによって歯や被せ物に直接かかる負担から歯を守ることを目的としています。
一方、ボツリヌストキシン療法は、筋肉の過剰な活動そのものを一時的に弱めるという考え方です。
役割が異なるため、どちらが適しているかは症状によって変わります。
ボツリヌストキシン療法に副作用はある?
薬剤を使用する治療ですので、副作用の可能性があります。
今回の研修では、薬剤によるものとして、
アレルギー反応や、筋肉が必要以上に緩んでしまうこと
などについて学びました。
また、注射した場所に、
痛み、腫れ、出血や内出血、感染
などが生じる可能性があります。
ボツリヌストキシン製剤では、まれながらアナフィラキシーなどの重大な副作用や、投与部位・投与量などによっては嚥下障害などが報告されています。
したがって、治療を行う場合には、メリットだけでなく副作用についても十分に理解したうえで検討する必要があります。
「歯ぎしりがある=ボツリヌストキシン治療」ではありません
今回の学術研修を通じて改めて重要だと感じたのは、ボツリヌストキシン療法を単独で考えないことです。
歯ぎしりや食いしばりの患者さんでは、
なぜ顎が痛いのか
どの筋肉に負担がかかっているのか
歯にどの程度負担がかかっているのか
顎関節に問題がないか
噛み合わせはどうなっているのか
などを確認したうえで、治療方法を選択する必要があります。
マウスピースが適している場合もあれば、生活習慣の見直しや経過観察が必要な場合もあります。
ボツリヌストキシン療法も、そうした顎顔面領域の筋肉の緊張に対する治療選択肢の一つとして学んできました。
まとめ|「治療名」よりも、まず症状を相談してください
患者さんが、
「ボツリヌストキシン治療をしてください」
と言って歯科医院を受診することは、実際にはそれほど多くないと思います。
それよりも、
「朝起きると顎が疲れている」
「歯ぎしりを指摘された」
「仕事中に気づくと食いしばっている」
「噛みしめると顎が痛い」
「マウスピースを使っているけれど症状が気になる」
といった困っている症状をそのままお伝えいただくことが大切です。
治療方法を決めるのは、その後です。
はじめ歯科医院 中村橋では、今回のような学術研修を通じて、歯ぎしりや食いしばり、顎周囲の筋肉の緊張についても知識を深め、患者さんのお口の状態を総合的に考える診療につなげていきたいと考えています。




































